2010年10月22日金曜日

労働審判を申し立てる際、弁護士をつけるべきか?

「労働審判は労働者側にとってかなり有効な手続きです!」でも述べたとおり、労働審判は、①とても迅速な手続(平均審理期間は約70日、原則3回以内)で、②解決率が高く(労働審判での調停成立率は7割、労働審判が出た事件の4割が訴訟手続に移行せずに確定するので、最終的な解決率は概ね8割を超える)、③法的な権利関係を踏まえた柔軟な解決がなされる(どちらの言い分が正しいのかを判断してもらった上で、現実的な紛争の解決を目指す)ことから、労働者側・使用者側を問わず、非常に評判のいい手続です。

実際、申立て件数も激増しているようです。

この労働審判の申立てを検討する場合、悩ましい問題の一つに、どの弁護士に依頼するかそもそも弁護士をつける必要性があるのかといった点だと思います。

1. どの弁護士に依頼するか?

どの弁護士に依頼するかという点については、依頼者それぞれ好みもあり、弁護士に求めるものも違うので、一般論で述べることは非常に難しいと言えます。自分自身も、全ての依頼者に真に満足していただいているのか、自信をもって断言できないところではあります。

ただ、労働審判に限って言えば、労働問題に詳しく、労働審判の経験が豊富な弁護士に依頼した方が良いのではないかと思っています。労働法については、弁護士といえども対応可能な人はまだまだ少数であるというのが現状です。また、労働審判は、上記のとおり従来の裁判手続に比べると非常に画期的な手続なのですが、画期的な手続である分、労働審判に固有の手続やノウハウなどがあり、未経験の弁護士では十分に対応できないという側面があります。労働審判をやっていると、相手方の弁護士が(従来の裁判手続と同じように)期日当日に主張書面や証拠などを平然と提出してくることがあるのですが、このような場合、たいてい審判官や審判委員に怒られています。従って、ベテランの弁護士といえども、労働審判の経験の有無を確認した方がよいのではないかと思います。

2.そもそも弁護士をつける必要性があるのか

依頼者の中には、弁護士費用をかけてまで弁護士をつける必要があるのか、といった疑問を持つ方がいると思います。弁護士である私が「弁護士費用がかかっても弁護士をつける必要性が高い」と言っても説得力がありませんが、この点、東京地裁労働部部長の渡辺弘裁判官が法律雑誌の座談会で以下の発言をしています(ジュリスト2010年10月1日 1408号16頁「個別労働紛争処理の実務と課題」)。

「労働審判の勘どころは、第1回目の対質的審尋の結果で形成される労働審判委員会の心証によって、調停案なり、労働審判の成否が決定するので、第1回手続の際には、訴訟の集中証拠調べに当たる手続を行うことが最重要になるということです。そういう意味ではこの制度を十全に利用するためには、訴訟における集中証拠調べの経験があり、それに向けての準備を行うについての見通しを立てることのできる弁護士が関与したほうがより望ましいと言うことができます。実際問題として、一回勝負ということになると、事前準備のやり方の巧拙によって、結論に影響が出る可能性があります。そういう意味でも、代理人に弁護士を選任して、しっかりとした見通しを持った準備をするほうがよいと言えます
(中略)・・・全国の統計数字を見ると、弁護士が関与している事件のほうが、調停成立率が有意に高いという結果が出ているようです。また、率直に言って、調停案の内容は、弁護士の代理人を立てないで本人が申し立てている事例は、もしかしたら解決金が低めになる傾向があるかもしれないという実感がないわけではありません。」

渡辺裁判官は非常にはっきりとした物言いをする方だと推察します。「解決金が低めになる傾向があるかもしれないという実感がないわけではない」と回りくどい言い方をしていますが、おそらく本人申立ての場合には解決金が低いのでしょう。

やはり裁判官の目から見ても、労働審判の場合には弁護士をつけたほうがよいということだと思います。私の過去の経験からしても、「弁護士費用がかかりましたが、労働審判をやって良かったです」という声をほぼ全ての依頼者の方からいただいております。

従って、労働審判を申し立てる場合には、弁護士費用がかかっても弁護士をつけたほうが良いというのが結論です。なお、弁護士費用は弁護士によって様々ですので、弁護士によく相談されることをお奨めします。

2010年10月20日水曜日

豊橋労働基準監督署事件・名古屋高裁H22.4.16 -障害者における業務起因性の判断基準

判例タイムズ1329号121頁

〔事案の概要〕

訴外Aは、平成9年11月に不整脈による心機能障害で身障者認定を受け、平成12年11月、身障者枠で、訴外会社に採用され、商品販売等の立位による仕事に従事していたところ、翌月24日の帰宅後、心停止により死亡した。Aの妻であるXは、労災保険法に基づく遺族補償年金等の支給を申請したが、不支給の処分がなされたため、当該処分は違法であるとして、その取消しを求めた。1審は、Aの死亡直近の時間外労働が月33時間で、国が過労死認定基準の一つとする月45時間を下回っていることなどを考慮し、業務は過重とは言えないとして請求を棄却した。

〔結論〕

 労働者災害補償保険法による遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の各処分を取り消した。

〔判示事項〕

① 業務起因性の判断基準

控訴人の主張:労災保険法の趣旨が被災労働者や遺族の生活を補償することにあり、労働者は個人ごとにそれぞれ異なるとして、当該被災労働者を基準に判断すべきである。→当該労働者を基準として、他に確たる発症因子が無く、当該労働者が従事していた業務が、同人の有していた基礎疾患を自然的経過を超えて憎悪させる要因となりうる負荷(過重負荷)のある業務であったと認められるときは、その基礎疾患が自然的経過により疾患を発症させる寸前まで進行していたと認められない限り、業務と死亡との間に相当因果関係があると認めるべきである。

被控訴人の主張:労働基準法や労災保険法の趣旨が危険責任の考え方に立っていることを前提として、因果関係が認められるためには、災害が当該業務に内在する危険の現実化したものであることを要するとし、平均的労働者を基準に判断すべきである。

裁判所の判断:相当因果関係の判断の基準について判断するに、確かに、労働基準法及び労災保険法が、業務災害が発生した場合に、使用者に保険費用を負担させた上、無過失の補償責任を認めていることからすると、基本的には、業務上の災害といえるためには、災害が業務に内在または随伴する危険が現実化したものであることを要すると解すべきであり、その判断の基準としては平均的な労働者を基準とするのが自然であると解される。しかしながら、労働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく、身体に障害を抱えている労働者もいるわけであるから、仮に、被控訴人の狩猟が、身体障害者である労働者が遭遇する災害についての業務起因性の判断の基準においても、常に平均的労働者が基準となるというものであれば、その主張は相当とは言えない。・・・したがって、少なくとも、身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合に、その障害とされている基礎疾患が悪化して災害が発生した場合には、その業務起因性の判断基準は、当該労働者が基準となると言うべきである。なぜなら、もしそうでないとすれば、そのような障害者は最初から労災保険の適用から除外されたと同じことになるからである。

〔コメント〕

・ 障害者の保護という観点から原則を修正していますが、論理的な裏付けが希薄ではないかという印象があります。すなわち、判決文には“身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合、当該労働者を基準としなければ、最初から障害者を労災保険の適用から除外されたと同じ”と述べていますが、何もこれは身体障害者に限った話ではなく、何らかの基礎疾患を持っている労働者全てに当てはまるのではないでしょうか。私は、身体障害者の保護という観点から、立法的に解決すべき問題のように感じます。