2010年11月19日金曜日

半休を付与した日の残業代の計算は?

弁護士として使用者側の相談を受けていると、判例や文献等には書かれていないような問題を聞かれることがよくあります。たしかに、企業の人事担当者にとってみれば当然のことですが、文献等を見ればすぐに分かるようなことをわざわざ弁護士に聞くこともないわけです。

今回取り上げる問題も、労働法関連の本が多く出版されている中、この点について明確に述べたものは少ないと言えます。

問題点は極めてシンプルです。「半休を取った場合、残業代の計算はどのようにするのでしょうか?」というものです。

まず、この問題の前提として、半日単位の年休が認められるかという点については、労働法の文献を見れば必ず解説がある部分です。

すなわち、年休の付与単位は、労基法39条1項の規定により「1労働日」であり、暦日計算(午前0時から午後12時まで)を原則とするため、年休を時間単位や半日単位で付与することは違法となります(土田・労働契約法333頁)。

但し、会社の就業規則等で定めることにより、会社側が半日単位の年休について任意に応じることは違法ではないとされています。これは、「年休を半日ずつ請求することができるか」との問いに対して、旧労働省が「使用者は労働者に半日単位で付与する義務はない」(昭24.7.7基収第1428号、昭63.3.14基発第150号・婦発第47号)という通達を出したことから、逆説的な解釈として、使用者が半日単位の年休を任意で認めることは差し支えないという解釈からきているようです。

次に、午前中に半日単位の年休を取った場合、いつから残業割増を支払うのかという問題があります。

すなわち、年休はいわゆる“有給休暇”として賃金計算上は賃金が支払われている(すなわち、就労しているものとみなされる)ことから、例えば所定労働時間が9時から18時までの場合、18時を過ぎたら、残業割増をしなければならないのではないかと考えることも可能となります。

しかし、労働基準法の規定及び原則からすると、そのような解釈は取りません。

すなわち、残業代算定の前提はあくまでも実労働時間であり、実労働時間が1日8時間を超えた場合に、その超えた時間について残業割増をしなければならないというのが労働基準法の原則となります(労働基準法37条1項)。

そこで、実際に就労した時間が8時間を超えない限り、割増賃金の支払義務も生じないということになります。

上記の例に当てはめると、所定労働時間が9時から18時で、午前中(12時まで)に半休を取った場合、12時から18時まで(6時間)は通常の所定時間労働となり、18時から20時まで(2時間)はその時間に応じた賃金(割増率をかける前の時間単価×2時間)を支払い、20時以降は時間外割増賃金(時間単価×1.25×当該時間)を支払う必要があります。

なお、22時以降は、時間外割増(25%以上)の他に深夜割増(25%)をしなければならないので、50%以上の割増を支払う必要がでてくることになります。

ただし、実務上は、このような複雑な計算を給与計算ソフトに埋め込むのが困難であるため、18時以降の労働にはすべて割増賃金を支払っている企業も多いようです。

このように、この問題は、労働基準法の原理原則から考えれば結論を導き出せるのですが、労働法の文献ではここまで懇切丁寧に解説していないということになります。他にも、無数にこのような問題はあり、そこに弁護士の存在価値はあると言えます。

2010年10月22日金曜日

労働審判を申し立てる際、弁護士をつけるべきか?

「労働審判は労働者側にとってかなり有効な手続きです!」でも述べたとおり、労働審判は、①とても迅速な手続(平均審理期間は約70日、原則3回以内)で、②解決率が高く(労働審判での調停成立率は7割、労働審判が出た事件の4割が訴訟手続に移行せずに確定するので、最終的な解決率は概ね8割を超える)、③法的な権利関係を踏まえた柔軟な解決がなされる(どちらの言い分が正しいのかを判断してもらった上で、現実的な紛争の解決を目指す)ことから、労働者側・使用者側を問わず、非常に評判のいい手続です。

実際、申立て件数も激増しているようです。

この労働審判の申立てを検討する場合、悩ましい問題の一つに、どの弁護士に依頼するかそもそも弁護士をつける必要性があるのかといった点だと思います。

1. どの弁護士に依頼するか?

どの弁護士に依頼するかという点については、依頼者それぞれ好みもあり、弁護士に求めるものも違うので、一般論で述べることは非常に難しいと言えます。自分自身も、全ての依頼者に真に満足していただいているのか、自信をもって断言できないところではあります。

ただ、労働審判に限って言えば、労働問題に詳しく、労働審判の経験が豊富な弁護士に依頼した方が良いのではないかと思っています。労働法については、弁護士といえども対応可能な人はまだまだ少数であるというのが現状です。また、労働審判は、上記のとおり従来の裁判手続に比べると非常に画期的な手続なのですが、画期的な手続である分、労働審判に固有の手続やノウハウなどがあり、未経験の弁護士では十分に対応できないという側面があります。労働審判をやっていると、相手方の弁護士が(従来の裁判手続と同じように)期日当日に主張書面や証拠などを平然と提出してくることがあるのですが、このような場合、たいてい審判官や審判委員に怒られています。従って、ベテランの弁護士といえども、労働審判の経験の有無を確認した方がよいのではないかと思います。

2.そもそも弁護士をつける必要性があるのか

依頼者の中には、弁護士費用をかけてまで弁護士をつける必要があるのか、といった疑問を持つ方がいると思います。弁護士である私が「弁護士費用がかかっても弁護士をつける必要性が高い」と言っても説得力がありませんが、この点、東京地裁労働部部長の渡辺弘裁判官が法律雑誌の座談会で以下の発言をしています(ジュリスト2010年10月1日 1408号16頁「個別労働紛争処理の実務と課題」)。

「労働審判の勘どころは、第1回目の対質的審尋の結果で形成される労働審判委員会の心証によって、調停案なり、労働審判の成否が決定するので、第1回手続の際には、訴訟の集中証拠調べに当たる手続を行うことが最重要になるということです。そういう意味ではこの制度を十全に利用するためには、訴訟における集中証拠調べの経験があり、それに向けての準備を行うについての見通しを立てることのできる弁護士が関与したほうがより望ましいと言うことができます。実際問題として、一回勝負ということになると、事前準備のやり方の巧拙によって、結論に影響が出る可能性があります。そういう意味でも、代理人に弁護士を選任して、しっかりとした見通しを持った準備をするほうがよいと言えます
(中略)・・・全国の統計数字を見ると、弁護士が関与している事件のほうが、調停成立率が有意に高いという結果が出ているようです。また、率直に言って、調停案の内容は、弁護士の代理人を立てないで本人が申し立てている事例は、もしかしたら解決金が低めになる傾向があるかもしれないという実感がないわけではありません。」

渡辺裁判官は非常にはっきりとした物言いをする方だと推察します。「解決金が低めになる傾向があるかもしれないという実感がないわけではない」と回りくどい言い方をしていますが、おそらく本人申立ての場合には解決金が低いのでしょう。

やはり裁判官の目から見ても、労働審判の場合には弁護士をつけたほうがよいということだと思います。私の過去の経験からしても、「弁護士費用がかかりましたが、労働審判をやって良かったです」という声をほぼ全ての依頼者の方からいただいております。

従って、労働審判を申し立てる場合には、弁護士費用がかかっても弁護士をつけたほうが良いというのが結論です。なお、弁護士費用は弁護士によって様々ですので、弁護士によく相談されることをお奨めします。

2010年10月20日水曜日

豊橋労働基準監督署事件・名古屋高裁H22.4.16 -障害者における業務起因性の判断基準

判例タイムズ1329号121頁

〔事案の概要〕

訴外Aは、平成9年11月に不整脈による心機能障害で身障者認定を受け、平成12年11月、身障者枠で、訴外会社に採用され、商品販売等の立位による仕事に従事していたところ、翌月24日の帰宅後、心停止により死亡した。Aの妻であるXは、労災保険法に基づく遺族補償年金等の支給を申請したが、不支給の処分がなされたため、当該処分は違法であるとして、その取消しを求めた。1審は、Aの死亡直近の時間外労働が月33時間で、国が過労死認定基準の一つとする月45時間を下回っていることなどを考慮し、業務は過重とは言えないとして請求を棄却した。

〔結論〕

 労働者災害補償保険法による遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の各処分を取り消した。

〔判示事項〕

① 業務起因性の判断基準

控訴人の主張:労災保険法の趣旨が被災労働者や遺族の生活を補償することにあり、労働者は個人ごとにそれぞれ異なるとして、当該被災労働者を基準に判断すべきである。→当該労働者を基準として、他に確たる発症因子が無く、当該労働者が従事していた業務が、同人の有していた基礎疾患を自然的経過を超えて憎悪させる要因となりうる負荷(過重負荷)のある業務であったと認められるときは、その基礎疾患が自然的経過により疾患を発症させる寸前まで進行していたと認められない限り、業務と死亡との間に相当因果関係があると認めるべきである。

被控訴人の主張:労働基準法や労災保険法の趣旨が危険責任の考え方に立っていることを前提として、因果関係が認められるためには、災害が当該業務に内在する危険の現実化したものであることを要するとし、平均的労働者を基準に判断すべきである。

裁判所の判断:相当因果関係の判断の基準について判断するに、確かに、労働基準法及び労災保険法が、業務災害が発生した場合に、使用者に保険費用を負担させた上、無過失の補償責任を認めていることからすると、基本的には、業務上の災害といえるためには、災害が業務に内在または随伴する危険が現実化したものであることを要すると解すべきであり、その判断の基準としては平均的な労働者を基準とするのが自然であると解される。しかしながら、労働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく、身体に障害を抱えている労働者もいるわけであるから、仮に、被控訴人の狩猟が、身体障害者である労働者が遭遇する災害についての業務起因性の判断の基準においても、常に平均的労働者が基準となるというものであれば、その主張は相当とは言えない。・・・したがって、少なくとも、身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合に、その障害とされている基礎疾患が悪化して災害が発生した場合には、その業務起因性の判断基準は、当該労働者が基準となると言うべきである。なぜなら、もしそうでないとすれば、そのような障害者は最初から労災保険の適用から除外されたと同じことになるからである。

〔コメント〕

・ 障害者の保護という観点から原則を修正していますが、論理的な裏付けが希薄ではないかという印象があります。すなわち、判決文には“身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合、当該労働者を基準としなければ、最初から障害者を労災保険の適用から除外されたと同じ”と述べていますが、何もこれは身体障害者に限った話ではなく、何らかの基礎疾患を持っている労働者全てに当てはまるのではないでしょうか。私は、身体障害者の保護という観点から、立法的に解決すべき問題のように感じます。

2010年9月17日金曜日

琴光喜-仮処分申請?

元琴光喜訴える「解雇は不当」東京地裁に仮処分申請(スポーツ報知 9月14日(火)8時0分配信)

「今年7月に野球賭博に関与し日本相撲協会を解雇された元大関・琴光喜の田宮啓司氏(34)が13日、解雇は不当として力士としての地位保全を求める仮処分を東京地裁に申し立てた。(以下、省略)」

このニュース、琴光喜は、なぜ、「地位保全の仮処分」を選択したのでしょうか?

仮処分の申立が認められるためには、琴光喜側は、被保全権利の存在(解雇の無効)と保全の必要性(債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため、すなわち、通常訴訟の判決を待っていては解雇された従業員及びその家族らの生活が危機に瀕してしまうおそれのあること)を明らかにすることが必要となります。

そのため、裁判所は、まず債権者(仮処分を申し立てた側)に預金残高などの確認をするのが通常です。

報道によれば、琴光喜は、2600万円の退職金を受け取っているとのこと。それまでも、大関として決して低いとはいえない収入があったはずで、ある程度の貯蓄があることが容易に想像つきます。

その場合、裁判官から、「通常訴訟でやってください」「取り下げなければ却下になりますよ」などと言われかねません。

おそらく非公開の手続で、何らかの金銭的解決を狙って仮処分の手続を選んだのではないかと推測されますが、それであれば労働審判でも良かったのかなぁと思う次第です。

2010年7月23日金曜日

外国人労働者の受け入れ

外国人がわが国で就労するには、その外国人が、出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」といいます。)で定められた就労が認められる在留資格を有していることが必要となります(入管法2条の2第1項)。

在留資格を就労との関係で大別すれば、以下の4つに分けることができます。

 就労が認められる在留資格として、「投資・経営」、「技術」、「人文知識・国際業務」、「企業内転勤」、「技能」、「技能実習」などがあります。

② 就労が認められない在留資格としては、「文化活動」、「短期滞在」、「留学」、「研修」、「家族滞在」があります。なお、「留学」は、資格外活動の許可(入管法19条2項)を得た場合には就労が認められています(例えば、留学生について、留学を「阻害しない範囲」と判断される限度で就労が認められる場合があります。)。

③ 個々の許可内容によるものとしては、例えば、「特定活動」という在留資格においては、外交官等の家事使用人などについて就労が認められます(平成2年5月24日法務省告示第131号)。

④ 就労活動に制限のないものとして、「定住者」、「永住者」、「日本人の配偶者等」、「永住者の配偶者等」が挙げられます。

上記のとおり、日本において就労が認められるのは、一定の技能・知識を有する外国人のみであり、いわゆる単純労働といわれる労働のための在留資格は、原則として認められていません。

単純労働者の受入れについては高度の政策的考慮を要する問題であって(実際、ヨーロッパでは移民政策の失敗で社会問題となっています)、政府関係者や産業界の中でもさまざまな議論がなされており、最終的な結論には至っていないようです。

平成17年3月、法務大臣から公表された「第3次出入国管理基本計画」は、我が国における出入国管理行政の主要な課題と今後の方針などが要約されています。

その項目の1つとして、「我が国が必要とする外国人の円滑な受入れ」という項目が掲げられており、まず、①専門的、技術的分野における外国人労働者については、積極的に受け入れようとする立場が表明されています。すなわち、「専門知識、技術等を有し、我が国の経済社会の活性化に資することから、これまでも積極的な受入れを図っているが、現行の在留資格や上陸許可基準に該当しないものでも、専門的、技術的分野と評価できるものについては、経済、社会の変化に応じ、産業及び国民生活に与える影響等を勘案しつつ、在留資格や上陸許可基準の整備を行い、積極的な受入れを進めていく」としています。

これに対し、②専門的、技術的分野以外の労働については、「生産年齢人口の減少の中で、我が国経済の活力及び国民生活の水準を維持する必要性、国民の意識及び我が国の経済社会の状況等を勘案しつつ、現在では専門的、技術的分野に該当するとは評価されていない分野における外国人労働者の受入れについて着実に検討していく。その際には、新たに受入れを検討すべき産業分野や日本語能力などの受入れ要件を検討するだけではなく、その受入れが我が国の産業及び国民生活に与える正負両面の影響を十分勘案する必要があり、その中には例えば国内の治安に与える影響、国内労働市場に与える影響、産業の発展・構造転換に与える影響、社会的コスト等多様な観点が含まれる。・・・・いずれにしても、人口減少、少子・高齢化への対応は、単一の行政分野だけで解決できる問題ではなく、技術革新のための取組など産業分野を含めた様々な分野の施策の連携が不可欠であり、その中で、出入国管理行政としても様々な要望を考慮しつつ検討を進めていくこととする」と記載されています。

さらに、平成22年3月に法務大臣から公表された「第4次出入国管理基本計画」によれば、「我が国社会が必要とする外国人の受入れの在り方も、より積極的なものへ展開していくことが求められている」とし、次の3つの具体的な外国人の受入れ施策を提案しています。

まず、①「高度人材に対するポイント制を活用した優遇制度の導入」として、我が国が戦略的に受入れを促進していくべき人材、例えば、研究者、医師、弁護士、情報通信分野等の技術者、企業の経営者や上級幹部などを対象として、「「学歴」、「資格」、「職歴」、「研究実績」など、分野の特性に応じて設定した所定の項目について、項目毎にポイントを付け、ポイントが一定点数に達したものに対し、我が国への円滑な入国や安定的な在留を保障する」などの施策を提案しています。

次に、②「経済社会状況の変化に対応した専門的・技術的分野の外国人の受入れの推進」として、経済社会状況の変化等に伴い、専門的・技術的分野の人材の新たな受入れニーズが発生した場合には、「我が国の労働市場や産業、国民生活に与える影響等を勘案しつつ、在留資格や上陸許可基準の見直し等を行い、受入れを進めていく」としています。

最後に、③「我が国の国家資格を有する医療・介護分野の外国人の受入れ」として、現在、「医療」の在留資格において就労年数が制限されているところ(歯科医師は免許を受けた後6年以内、看護士は免許を受けた後7年以内、保健師・助産師・准看護師は免許を受けた後4年以内)、これらの者について就労年数を制限する必要性は乏しいのではないかとの指摘もあり、「その見直しを検討する」とされています。また、介護分野での外国人の受入れについて、「我が国の大学等を卒業し、介護福祉士等の一定の国家資格を取得した外国人の受入れの可否について、検討を進めていく」としています。

このように、現時点では、専門的、技術的分野での人材を積極的に受け入れていこうという点に焦点があてられており、出入国管理行政もこのような人材に対しては在留資格の付与要件を緩和しているというのが現在の流れのようです。

従って、外国人を単純労働者として受け入れようと考えている企業は十分に留意する必要がありそうです。

2010年7月22日木曜日

外国人雇用-在留資格「技能実習」の新設(平成22年7月1日施行)

従前、就労可能な在留資格として、研修・技能実習制度が設けられていました。

この研修・技能実習制度は、我が国で開発され培われた技術・技能・知識の開発途上国等への移転を図り、当該開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に寄与することを目的として創設されましたが、研修生や技能実習生の受入れ機関の一部には、本来の目的を十分に理解せずに、技能実習の名目で安価な外国人労働力を獲得する目的で制度を濫用するといった事例が見受けられました。

例えば、研修生及び技能実習生を受け入れる機関の中には、他人名義の旅券を使用させて「研修生」として入国させ稼働させていた事例や、研修生に月100時間を超える所定時間外作業を行わせていた事例、劣悪な環境の宿舎に居住させたり、旅券等を強制的に取り上げる等の研修生・技能実習生の人権侵害に至るような事例などが報告されていました(以上、平成19年12月法務省入国管理局「研修生及び技能実習生の入国・在留管理に関する指針」より引用)。

そこで、従前の研修・技能実習制度における不適正事例を排除し、研修生や技能実習生の法的保護の強化を図るため、平成21年7月、出入国管理及び難民認定法を改正し、新たに「技能実習」という在留資格を設けました(平成22年7月1日より施行)

新たな技能実習制度は、受入れ機関の区別により、以下の2つのタイプがあります。

一つは、「企業単独型」といわれるもので、我が国の企業等(実習実施機関)が海外の現地法人や合弁企業等、事業上の関係を有する企業の職員を受け入れて、実習実施機関との雇用契約に基づいて技能実習を実施する形態をいいます。

もう一つは、「団体監理型」といわれるもので、商工会等の法務省令で定める要件に適合する営利を目的としない団体(監理団体)の責任及び監理の下、傘下の企業(実習実施機関)との雇用契約に基づいて技能実習を実施する形態をいいます。

これらの二つのタイプのそれぞれが、入国後1年目の技能等を習得する活動と、2~3年目の習得した技能等に習熟するための活動とに分けられ(技能実習1号と2号の期間を合わせて最長3年)、以下の表のとおり、その在留資格が4区分に分けられました。


なお、技能実習2号へ移行するには、技能検定基礎2級等の検定試験に合格する必要があります。
この新たな技能実習制度により、技能実習生は1年目から実習実施機関と雇用契約を締結した上で技能実習を受けることになったため、労働基準法、最低賃金法等の労働関係法令の適用が及ぶようになりました。

また、実習実施機関や監理団体は、技能実習生に対して、「日本語」「本邦での生活一般に関する知識」「技能実習生の法的保護に必要な情報」及び「本邦での円滑な技能等の習得に資する知識」に関する講習を実施する義務を負うこととなりました。

その他、監理団体による指導・監督・支援体制の強化、運営の透明化を図るような様々な制度や規制が設けられました。

詳細は下記のサイトをご覧下さい。

http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/ZAIRYU_NINTEI/zairyu_nintei10_0.html

以上のとおり、外国人を雇用している企業は、今回の入管法改正に留意する必要があります。

2010年7月16日金曜日

労働調停制度、試験的導入へ

まだ公式の発表はないようですが、最高裁は、この秋から
労働調停制度を東京簡裁などで試験的に導入するようです。

この秋から導入とは、余りにも突然で、性急すぎるのでは
ないかとも思われるのですが、既に調停委員も内定している
とのこと。

昨今の司法改革の中で、労働審判は唯一の成功例と言われ、
年々申立件数が増加し、昨年は一昨年からそれほど増えませ
んでしたが、今年度も同様の水準で申立がなされていること
からすると、申立件数は年間3500~4000件に高止まりするの
ではないかと言われています。

そこで、最高裁は、裁判官の負担を軽くするためなのか、新た
に現行の民事調停制度を利用した労働調停制度を導入する
ことにしたようです。

現在の民事調停は、調停委員が両当事者の話を聞いて、最後
に調停官(裁判官)が調停をまとめるという進行で行われている
のですが、我々実務家の間では、調停委員が自分の意見を押
し付ける、両当事者の話に引きずられてなかなか話し合いにな
らない、権利関係を踏まえた解決にならない、早期の解決がで
きないなど、必ずしも評判の良い手続ではありません。

また、労働審判は、基本的に弁護士が代理することを前提とし、
法的な観点から事実関係を整理した申立書及び答弁書が提出
されることから、約2ヶ月という早期解決が可能となったと言われ
ています。

労働調停制度は、おそらく代理人のついていない本人申立を
その前提としていることは明らかです。労働調停制度が労働審判
のように成功するかは疑わしいと言わざるを得ず、もう少し時間を
かけて制度設計してもよいのではないかと思います。

2010年7月6日火曜日

労働審判(残業代請求)の第一回期日

今日は、先日の残業代請求の労働審判とはまた別件の労働審判の期日でした。

残業代請求の場合、証拠がしっかりしていれば、争点はほぼ同じであり、会社側
から出てくる答弁内容も驚くほど一緒です。

こちらも既にそれを想定しているので、申立書の段階で、会社側の主張を減殺す
るような判例を予め引用し、その主張を封じておくわけです。

しかし、会社側の代理人としては、答弁書に書くことがなくなるため、無理筋の主張
をしてくることになります。

まともな会社側の代理人であれば、無理筋の主張であることが分かっているため、
労働審判の期日においては、和解に非常に協力的であり、場合によっては会社の
経営陣を和解の方向で説得してくれることも多いといえます。

今日の事件も、会社側の代理人は非常に和解に協力的でした。ただ、必要以上に
自分の依頼人に不利な事実を自ら述べてしまうなど、見ていてこちらが冷や冷やし
ました。かなり年配の弁護士だったのですが・・・。

2010年7月5日月曜日

東京コムウェル事件・東京地裁H22.3.26 -競業会社の代取に就任した元従業員による退職金請求

労経速2073号

〔事案の概要〕

退職し、競業会社の代表取締役に就任した原告(勤続28年余)が、雇用契約に基づいて、退職金規程による退職金の支払いを求めたもの。退職の際、被告から、退職後1年間は同業他社に就職することができないと言われるとともに、その旨の誓約書を作成し、被告に対して提出している。

〔結論〕

原告の退職金請求は理由がない。

〔判示事項〕

① 退職金支払義務が免れるか

・ 「本件退職金規程には本件不支給事由が定められているが、退職者が競業避止義務を負うべき期間が最長1年とされるなど、当該規定の内容をみる限り、それ自体を不合理であるということはできない。もっとも、・・・その退職金は、賃金の後払いとしての性格を色濃く有するものと解される。・・・仮に原告に同条に違反する事実が認められるとしても、被告において、そのこと自体から直ちに本件不支給事由に当たることを理由に原告の退職金請求を拒むことができるものではなく、当該違反の事実が、当該事実がありながらなお退職金を請求することが信義に反するといえるような背信性を有するものであるという場合にはじめて、本件不支給事由に当たることを理由にその退職金請求を拒むことができるものと解するのが相当である。」

・ 「原告は、このように被告が敵視していた訴外会社に、退職からわずか4ヶ月も経ないで入社した上、あろうことか、その退職から6ヶ月も経ずして、その代表取締役に就任し、その経営の一切を取り仕切るに至っているのである。・・・本件就業規則の規定を十分に認識していた原告によるこのような行為は、訴外会社への入社とその代表取締役への就任がやむを得ないといえるような特段の事情がない限り、被告に対する関係で正に信義にもとるものといわなければならない。」

〔コメント〕

・ ヤマガタ事件(東京地裁H22.3.9)と比較して、本件事案では、誓約書を提出しているにもかかわらず、被告会社が以前より敵視していた会社に就職し、代表取締役に就任している事実をことさら重視し、背信性を認定している。

・ 「賃金の後払いとしての性格」をすべて滅却させるような背信性があるのかどうか疑問である。

ヤマガタ事件・東京地裁H22.3.9 -競業会社に就職した元従業員による退職金請求

労経速2073号

〔事案の概要〕

本件は、被告を退職した原告が、雇用契約に基づき、退職金400万円の支払いを被告会社に対し請求した事案。会社は、原告には就業規則違反(競業避止義務違反等)があるとして、これを争った。

〔結論〕

原告の被告に対する自己都合退職を理由とする退職金(中途退職一時金)の請求は、正当なものとして、これを容認するのが相当である。

〔判示事項〕

① 退職金請求の正当性

・ 「被告の就業規則52条3項は、何らの代償措置もなく同業他社に対する2年間の就職を禁ずるものであり、その違反の効力は、労働者の職業選択の自由の不当な制限にならないよう合理的な制限が加えられてしかるべきであるところ、原告が就職したセキショウ社は現在実質4名の従業員で構成される小規模な会社であり、売上高及び経常利益も被告会社に及ばないものである。」

・ 原告には就業規則に定める52条3項違反の事実があり、また、就業規則の懲戒解雇相当事由という退職金不支給事由が形式的には存するけれども、「前記事情を総合考慮するときは、原告の勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信性があるとまではいえないし、退職金(中途退職一時金)の請求が権利の濫用であるということもできない。」

〔コメント〕

・ 転職先が小規模な会社であることが、一つの大きな理由付けとなっている。

三佳テック事件・最高裁H22.3.25 -退職後の競業行為

労経速2073号

〔事案の概要〕

被上告人の従業員であった上告人A及びBが、被上告人を退職後、上告人㈲サクセスを事業主体として競業行為を行ったため、被上告人が損害を被ったとして、被上告人が上告人らに対し、不法行為又は雇用契約に付随する信義則上の競業避止義務違反に基づく損害賠償を請求した事案。本件では、被上告人と上告人らとの間で退職後の競業避止義務に関する特約等は定められていなかった。

〔結論〕

本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。

〔判示事項〕

① 不法行為の該当性

・ 「上告人Aは、退職のあいさつの際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの、本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり、被上告人の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。」

・ 「本件取引先のうち3社との取引は退職から5ヶ月ほど経過した後に始まったものであるし、退職直後から取引が始まったF社については、前記のとおり被上告人が営業に消極的な面もあったものであり、被上告人と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず、上告人らにおいて、上告人Aらの退職直後に被上告人の営業が弱体化した状況を殊更利用したとも言い難い。」

・ 「以上の諸事情を総合すれば、本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。」

〔コメント〕

・ 「最高裁は、自由競争の範囲を割合広く捉える立場を示しており、不法行為の成立するケースを限定している」との解説がなされている。

・ 競業避止の特約があった場合、上記理由付けから違法性が否定されるとも考えられるし、本判例の射程外とも考えられる。

2010年6月25日金曜日

労働審判

今日は、従業員側で残業代請求を申し立てた労働審判の第一回期日でした。

答弁書はこちらの想定したとおりの内容で、こちらの想定した以上の結論が
出ました。

労働審判は、その日のうちに審尋が行われ、依頼者のいる前で裁判官の
心証が開示されるのでかなり緊張しますが、うまくいった時はとても
気持ちのいいものです。

こういうときは弁護士として充実感を感じます。

2010年6月11日金曜日

ヤマダ電機事件・東京地裁H19.4.24 -退職後の競業避止義務

〔事案の概要〕

会社が、店長であった被告が退職に際して作成した「退職後の守秘義務と退職後1年間の競業避止義務及び退職金の半額と直近の給与6ヶ月分を違約金とする」旨の誓約書に違反して、競業他社に転職した。

〔結論〕

 被告が退職の際に差し入れた誓約書上の競業避止義務違反を有効と認め、退職金の半額と給与1ヶ月分の違約金の支払いを命じた。

〔判示事項〕

① 本件競業避止条項の有効性

・ 「会社の従業員は、元来、職業選択の自由を保障され、退職後は競業避止義務を負わないものであるから、退職後の転職を禁止する本件競業避止条項は、その目的、在職中の被告の地位、転職が禁止される範囲、代償措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして有効性が否定されると考えられる。」

・ 本件競業避止条項の目的は、原告の全社的な営業方針、経営戦略等の保護を目的としており、・・・・原告固有のノウハウ等につき原告が具体的に主張立証しなくても、被告の防御権が侵害されることはないと解される。

・ 転職が禁止される範囲について、「本件競業避止条項の対象となる同業者の範囲は、家電量販店チェーンを展開するという原告の業務内容に照らし、自ずからこれと同種の家電量販店に限定されると解釈することができる。」

・ 退職後1年という期間について、「原告が本件競業避止条項を設けた前記目的に照らし、不相当に長いものではないと認められる。」

② 損害賠償の額

・ 本件違約金について、退職金には賃金の後払としての性格と共に功労報償的な性格もあることも考慮すると、本件誓約書に違反した場合に退職金を半額とすることも不合理ではない。給与については、現実に稼働したことの対価として支給されるものであるから、現実に損害の立証がなく、違反の態様が軽微ではないことを考慮して、1か月分が合理的であるとした。

〔コメント〕

・ 固有のノウハウなど、具体的な営業秘密を保護の対象とするこれまでの判例とは一線を画している。

・ 労基法16条(違約金の定め、賠償予定の禁止)との関係は不明である。

・ 違約金の額を裁判所が認定してよいのか(民法420条1項「裁判所は、その額を増減することができない。」)

2010年6月9日水曜日

<労働審判>申し立て過去最多

<労働審判>申し立て過去最多 不況を反映http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100607-00000055-mai-soci 平成22年6月7日 毎日新聞

以前の投稿でも書きましたが、労働審判の申立件数が毎年すごい勢いで増加しています。
特に、東京や大阪の増加数は顕著のようです。

ただ、上記報道では、地方での申立件数がまだ少ないと指摘されています。

東京では年間1100件、大阪や名古屋では年間300件弱の申立がなされていますが、他方、甲府や和歌山、富山、松江、山形、青森などでは、年間で一桁の申立しかなされていません(平成21年度)。

たしかに、企業の数は東京や大阪が格段に多いとは思いますが、これほどまで差が生じるのか、いささか疑問です。

東京や大阪はひどい会社が多いとも思えませんし、逆に、地方の会社の方が労務管理がしっかりしているとも思えません・・・(笑)

地方の申立件数が少ないのは、地方では裁判などをしたら噂が広まってしまう、地方企業は地元の名士が多いので、そのような名士に対して裁判など起こせない、といった理由もあるのでしょう。

ただ、もう一つ理由があるとしたら、我々弁護士サイドの問題ではないかと思っています。

弁護士の中では、労働法は誰もが対応できるという分野ではなく、専門領域として考えられています。最近は労働審判が増加しているため、労働法を手がける弁護士も増えてはきていますが、まだまだ少ないのではないでしょうか。

労働法分野は、各種通達なども多く、最近は法改正が相次いでいるので、それらを追っていくだけでも弁護士にとっては大変な分野となっています。

都道府県労働局(労働基準監督署を含む)には年間100万件もの相談が寄せられているということです。

従って、我々弁護士も研鑽を重ね、これらの埋もれている事件を発掘し、不当な扱いを受けている労働者を救済していかなければならないのではないかと感じています。自戒をこめて。

2010年6月1日火曜日

東京以外の労働審判の運用は

昨日、東京に隣接する県の地方裁判所にて労働審判がありました。

建て替えをしたばかりの綺麗な建物で、労働審判のために専用で労働審判廷が作られているため、東京地裁よりも労働審判を行うのにふさわしい設備を備えていました。

例えば、東京地裁には専用の待合室がなく、廊下で長時間待たされたり、裁判官がわざわざ廊下まで当事者を呼びにくるなど、設備面では利用者にとって非常に不便でした。

それに比べると、昨日の裁判所は、申立人用と相手方用のそれぞれの待合室が設けられ、審判廷と待合室が内線で繋がっているなど、非常に便利な設備を備えていました。

しかし、労働審判の中身は、東京地裁とは比べものにならないほど、ゆったりとした進行でした。

東京地裁では、第一回期日の最初の一時間ほどで当事者双方への審尋・事実聴取を終えて、その後和解の話し合いを始めるのが通常です。ほとんどの場合、調停案の提示までが第一回期日で行われ、事案によっては、第一回期日に和解で終了することもあります。

これに対し、昨日の労働審判は、午後の3時間ほど審尋・事実聴取が行われたにもかかわらず、それでは終わらず、第二回期日に継続となりました。

また、裁判官からは、補充の書面提出まで求められるなど(口頭で答えたことを念のため書面にまとめてくれということでした)、東京地裁では考えられないような進行でした。

同じ労働審判でもこれほど手続の運用が異なるのかと、非常に驚きました。

2010年5月7日金曜日

「ちゃんこダイニング若」破産

元横綱若乃花が設立した「ちゃんこダイニング若」が破産したとの報道がなされています。

元横綱若乃花は運営会社の現経営陣に株式を売却しているとのことで、今回の破産申請については、直接の関連がないとのことです。

「ちゃんこダイニング若」といえば、昨年来、元従業員6人から残業代請求の裁判を起こされ、2600万円の支払い判決を受けたことが報道されていました。また、札幌でも残業代請求の労働審判を起こされたことが報道されるなど、従業員との労働問題が度々報道されていたようです。

本ブログの4月26日付けの記事(http://laborlaw-info.blogspot.com/2010/04/blog-post_26.html)でも述べたとおり、飲食店の場合は一般的に休日が少ない上に長時間労働になりやすい職種であるといえ、2600万円の支払い判決の報道によれば、「ちゃんこダイニング若」も同じような状況だったようです。

今回の破産申請に関して、これらの従業員に対する残業代支払いがどの程度影響しているのか分かりませんが、やはり過去2年分の残業代支払いの負担は少なからず影響を及ぼしているのではないでしょうか。

このように従業員による残業代支払請求は、会社の経営に重大な影響を及ぼすことから、早急に対策を練る必要がありそうです。

2010年4月27日火曜日

「刑事処分の発動」指針

厚生労働省は、平成22年4月7日、地方労働行政運営方針を公表しました(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000005ngw.html)。

この運営方針に従って、各都道府県労働局(労働基準監督署やハローワークなどがその下部組織となります)は、各管内の事情に則した重点課題を盛り込んだ行政運営方針を策定することとなっています。

従って、新年度における全国の労働基準監督署の行政スタンスを知る上では、非常に重要な資料となります。

特に、使用者側の弁護士や会社の人事担当者にとっては、労働基準監督署が有する権限の中で最も強硬な手段である「司法処分」(刑事処分の発動)を行うかどうかは、非常に興味のある分野ではないかと思われます。

厚生労働省は、『平成22年度地方労働行政の重点施策』の中で、この司法処分に関して、下記の5つの分野で「司法処分を含め厳正に対処する」と明確に記載しました

① 賃金不払等を繰り返す事業主

② 賃金不払残業について重大又は悪質な事案

③ 偽装請負が関係する死亡災害をはじめとする重篤な労働災害

④ 技能実習生を含めた外国人労働者に係る重大又は悪質な労働基準関係法令違反の事案

⑤ 「労災かくし」の事案

したがって、少なくとも上記の5分野については、司法警察権の発動があることを前提に社内の点検を行い、早急に対策を立てることをお奨め致します。

2010年4月26日月曜日

残業代の請求 -従業員側からの請求編

1.残業代請求事件の増加

前編で述べたとおり、労働審判の申立件数は激増しており、そのうち残業代の請求事件も一定の割合を占めていることから、その数は増加しております。

判例タイムズ1315号(3/15号)に掲載されたとおり、東京地裁における事件種別ごとの申立件数は下記のとおりです。


上記の統計によれば、地位確認(不当解雇として解雇を争う事案)が最も多い類型となっています。しかし、裁判所の説明によれば、統計を取る際、地位確認と未払賃金(残業代を含む)の両方の請求がされているものは地位確認ということでカウントしているとのことで、実際には、残業代を請求する事案はかなり多いと言えます。


2.残業代とは

残業代とは、簡単に説明すると、「1日8時間、1週40時間」を超過して働いた場合に、その超過した時間分の賃金割増賃金(超過時間分の賃金の25%)のことを指します。

例えば、所定労働時間が午前9時から午後6時まで(昼休み1時間)の8時間と定められている場合に、午後8時まで勤務すれば、2時間分の賃金と割増賃金が請求できることになります。

上記の点を定めた労働基準法は、強行法規であるので、就業規則や雇用契約書などに残業代を支払うことが明記されていなくても(又は、残業代を支払わないという運用が社内で行われていたとしても)、残業代は法律上当然に支払われなければならないものです

従って、世間で言われている「サービス残業」というのは、残業しているのにもかかわらず、割増賃金どころか当該時間分の賃金すら支払わないというものですから、完全に違法であると言わざるを得ません。すなわち、「サービス」と称して、他人のもの(他人の時間や労働)を盗んでいるのと同じです。


3.訴訟や労働審判を提起した方がいいのはどんな人?

それでは、弁護士費用を払ってでも、残業代請求の訴訟や労働審判を提起した方がいいのは、どんな人でしょうか?

残業代を裁判上請求するには、勤務時間を立証する証拠の有無やそれぞれの業務内容、個々の勤務条件等で異なってくることから、一概に言うことはできません。ただ、下記のうち二つ以上当てはまる場合には、一度、弁護士に相談した方がいいと思います。

① 月給として固定の基本給と(残業代以外の)手当しかもらっていない人

② 週6日勤務の人(月に6日程度しか休みをもらってない人)

③ 出退勤管理がなされていない会社に勤めている人

典型的に、この①から③に当てはまる人として、よく言われているのが、(1)飲食店に勤めている人、(2)理容師・美容師などが挙げられます。

これらの人は、その多くが週1回の定休日しか休めず、勤務時間が午前10時から午後11時までなど、1日の労働時間が長時間に及んでいるという傾向があります。

例えば、月給25万円、勤務時間が午前10時から午後11時ぐらいまで(休憩時間は1時間のみ)、月に6日程度の休みが与えられている場合、残業代はいくらぐらいになるのでしょうか?残業代請求の消滅時効は2年ですので、2年分の残業代を概算すると下記のとおりです。

 1ヶ月25日×所定労働時間8時間=200時間
月給25万円÷200時間=1,250円(1時間当たりの単価)
週5日勤務の週が2週:12時間×5-40=20時間 20時間×2週=40時間
週6日勤務の週が2週:12時間×6-40=32時間 32時間×2週=64時間
40時間+64時間=104時間
1,250×1.25×104=162,500円・・・1ヶ月分の残業代
162,500×24=3,900,000円・・・2年分の残業代


残業代390万円というのは、驚かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

上記の計算は、4週(28日)分しか算定していませんので、実際上はもっと増えるかもしれません。また、平成22年4月から労働基準法が改正され、1ヶ月60時間を超える部分は、割増賃金を25%から50%に引き上げなければならなくなりました。

とすると、今回の設定のような場合、今後は400万円以上の残業代を請求することが可能となりそうです(但し、労働審判の場合には、両当事者の和解が基本となりますので、実際に受け取れる金額はそれよりも低くなります)。

300~400万円といえば、十分、独立や起業の元手となる金額であり、弁護士費用を支払っても十分ペイする金額ではないでしょうか。上記①から③に該当する場合には是非弁護士にご相談されることをお奨め致します。


4.残業代請求に向けての準備

残業代請求に向けての準備で一番重要なのは、「残業時間を立証する証拠」を収集することです。どんなに優秀な弁護士を付けたとしても、証拠がなければ話になりません。

「残業時間を立証する証拠」としては、タイムカード業務日報給与明細(実働時間が記載されたもの)などが挙げられます。これらの文書が会社側から承認された文書(上司の承認印などが押印されたもの)であれば、なお信用性の高い証拠となります。

まずは、これらの証拠を確保するのが先決といえるでしょう

また、「従業員が個人的に手帳などにメモした出社・退社時間は証拠となるのか?」という質問をよくいただきますが、個人的なメモのみでは立証上かなり難しいと言えます。

手帳のメモを証拠として出す場合には、業務実態の主張とともに、パソコンの作業履歴やメールの送信記録、会社建物の警備会社の施錠・開錠記録など、残業したことを示す証拠もあわせて提出することが必要となります。

私も手帳メモを証拠として提出した経験がありますが、裁判官を説得するのになかなか苦労しました(苦労はしましたが、労働審判である程度の残業代を認めてもらった経験があります)。


5.まとめ

以上のとおり、残業代の請求は、なんといっても証拠の確保に尽きるのではないかと思います。まずは証拠を確保してから、弁護士にご相談されることをお奨め致します。

2010年4月23日金曜日

残業代の請求-使用者の対策編

先週、東京地裁に残業代請求の労働審判の申立て(労働者側)をしました。

最近、特に残業代請求に関するご相談が、労働者側及び使用者側ともに増えてきているなという印象です。

リーマン・ショック以降、労働条件の切り下げやボーナスのカットなどが多くの会社で行われるようになり、労働者側も自己防衛のため、権利意識を持つ方が増えてきたことがその理由であると思われます。

使用者側の相談に乗っていると、経営者や総務・人事の担当者などからよく出てくる言葉として、「最近は、従業員も権利意識をもつ人が増えてしまって・・・・」「残業代などを請求してきて、とんでもない奴だ・・・」と、労働法によって認められた正当な権利行使を、さも悪いことのように言う方がいます。

しかし、私はそのような発言はおかしいのではないかと思います。人を使って金儲けをしている以上、人を使う上での義務は果たすべきなのではないでしょうか。

経営者などからは、「残業代などを支払っていたら、会社が潰れちまうよ」と言われるかもしれませんが、そのような経営者には、『残業代を支払うことを前提とした賃金体系にしていますか?労働法を無視した賃金体系にしているのではありませんか?』と問いたいと思います。

通常、経営者というものは、採用の段階では、当該従業員に、支給可能な最大限に近い賃金を提示してしまうものです。しかし、後に、残業代を請求されてしまって、「とんでもない奴を雇ってしまった」となるわけです。しかも、基本給を高く設定していることから、残業代(原則は、1時間当たりの平均賃金の1.25%)もかなり高額になってしまいます。

とすれば、最初から、残業代支払いを前提とした基本給を設定し、残業代を適切に支払っておく方が、支給額は変わらないし、将来、残業代を請求されるリスクを回避できるという意味でもベターなのではないでしょうか。

以上のとおり、いろいろ述べてきましたが、最近は労働審判が前年の5割増で増えてきていますので、残業代を支払っていない会社にとっては、残業代請求のリスクはかなり高くなっているものと認識すべきではないかと思われます。

そのリスクを回避する方策としては、残業代の支払いを前提とした基本給を設定し、適切に残業代を支払うことが必須となりますが、すでに基本給を高めに設定している場合には、安易に基本給を下げると労働条件の不利益変更であるとして、訴えられる危険が生じてきます。

ただそのような場合でも、残業代請求のリスクを回避する方策はいろいろとありますので、社労士や税理士だけではなく、是非、弁護士に相談することをお奨め致します。

ただ、労働法に詳しい弁護士がまだまだ少ないという問題はありますが・・・。

2010年3月26日金曜日

「名ばかり取締役」とは・・・あまりにひどい

先ほど、Yahoo ニュースを見ていたら、「『名ばかり取締役』解雇無効」というタイトルに目がとまりました。

「名ばかり管理職」(マクドナルド事件で有名になりましたが、労基法41条2項の管理監督者とみなして、残業代の支払いを免れる)や、「名ばかり専門業務」(派遣社員の派遣期間の制限のない26業務として期間制限を免れる)などは有名でしたが、名ばかり取締役とは聞いたことがありません。

まだ判決文を読んでいませんが、判決の認定が報道されているとおりだとすると、あまりにひどい事案です。

報道の内容を簡単に説明すると、ある従業員が「名ばかり取締役」に選任され、労働組合加入を理由に解雇された、というものです。

確かに、取締役になれば労働者とはいえないことから、形式上は、労働契約法16条は適用されません。株主総会で解任決議があればそれまでです。

しかし、このような手を使用者側が使ってくるとはあまりにひどすぎです。裁判所の判断も当然だと思いました。

2010年3月25日木曜日

労働審判の第一回期日

今日は、従業員側を代理して申し立てた労働審判の第一回期日でした。

解雇無効と残業代を請求し、請求した残業代のほぼ全額を支払うということで和解が成立し、第一回で終了しました。

最近の東京地裁の労働部は、労働審判を可能な限り一回目の期日で終結させようとしているようです。今日も午前10時からの期日でしたが、結局裁判所の昼休みにまでずれ込み、結局終わったのが12時40分頃でした。労働部の裁判官は、通常であれば午後1時から別の事件の期日が入っているので、昼休みはほとんどない状態で働いていると言えます。

労働審判が事件当事者や弁護士の間で好評であるのも、こうした裁判官の努力があるからなのでしょう。

ただし、労働審判を早く落としたいあまり、(弁護士から見ると)強引な事実認定や和解への説得がなされることもあるようです。

例えば、今日の事件では、解雇予告手当を従業員の方から請求したのですが、この一事をもって、「解雇無効は認められないでしょう」といった認定がなされました。本人は、会社から即時解雇された後、労基署の担当者の指導の下、法律上認められた解雇予告手当を請求したというのが実情のようですが、これが完全に裏目に出てしまいました。

確かに、解雇無効を争う者としては一見矛盾した行動にも思えますが、法律の専門家ではない人の行動にすべて合理的な行動を要求するのも酷な話ですし、請求をした時点では解雇を争えるかどうかも分からなかったのではないでしょうか。

弁護士をしているとよく感じることですが、本件の場合も、即時解雇された時点で、弁護士のところに相談に来てくれれば、もっと有利な和解ができた事案であるといえます。

ちなみに、本件の場合には残業代の請求が認められたので、和解の落とし所としては、(不当解雇の事案として考えた場合には)妥当な線だったと思われます。

本人も非常に満足していて、「これで腰を据えて就職活動ができる」とおっしゃっていました。不況の中ですが、無事に再就職先を見つけて、新たな職場で活躍することを願うばかりです。

弁護士としては、少し嬉しい瞬間でした。

2010年3月24日水曜日

労働審判は労働者側にとってかなり有効な手続きです!

労働審判とは、平成18年4月1日より新たに導入された制度で、裁判所の行う紛争解決手続の一つとなります。


1.労働審判とは

労働審判は、解雇や給料・残業代の不払いなどの労働紛争について、裁判官1名と労働関係について専門的知識と経験を持つ労働審判員2名(1名が企業の人事部に長年所属していた人など、もう1名が労働組合の活動を行ってきた人などが選任されています)で構成される労働審判委員会が、原則として3回以内の期日で事件を審理し、調停を試み、又は審判を行う制度です。端的に言えば、3回以内の期日で、両当事者から直接、自由に事情を聞いて、和解(金銭的解決)を目指す手続きと言えます。

労働審判の主な特徴は、以下のとおりです。

① 早い(迅速性):申立から終結まで平均75日(約2ヶ月半)


② 申立の約88%が金銭解決を中心とした和解的解決

③ 提出書面は原則として申立書(申立人側)・答弁書(使用者側)のみであり、弁護士費用を低く抑えることが可能

2.労働審判の特徴~迅速性

まず、この労働審判の良いところは、なんといっても「早い」(迅速)という点が挙げられます。労働審判が導入されて4年が経ちましたが、労働審判の平均審理期間(申立から終局日)は75日(平成21年2月末現在、最高裁行政局調べ)という司法の世界では驚異的なスピードで紛争解決に至っています。

労働関係の通常訴訟は、平均12.4ヶ月(平成19年)かかっており、また、緊急性を要する労働仮処分などの保全事件についても仮処分決定あるいは和解成立に至るまで3ヶ月~6ヶ月程度かかっていることから比べると、非常にスピーディーであることがお分かりいただけると思います。私の経験でも、1回目の期日は、最初の1時間ほどで審尋手続(双方からの事情聴取)を終えて、その後和解の話合いが行われるのが通常であり、1回目の期日で和解が成立することもよくあります。

弁護士の立場からすると、もう少し緻密に事実認定を行った上で法的判断を示して欲しいと思うことが労働審判の場ではよくありますが、生活がかかっている従業員側にとって、多少「ザックリ」とした事実認定でも、少しでも早く和解金を得られることは非常に大きなメリットと言わざるを得ません。

3.労働審判の特徴~金銭解決を中心とした和解的解決

通常の民事訴訟は、厳格な主張や立証活動によって法律に従って権利関係を確定していく手続きとなりますが、この労働審判は、法律を踏まえつつ(専門性)、より実情に即した解決(柔軟性)を図ることを目指しています。

例えば、従業員が解雇された場合、従業員は不当解雇を主張して解雇無効を主張するわけですが、実際は解雇を言い渡した会社ではもう働きたくないといった場合には、金銭解決がふさわしい解決法となります。労働審判が始まる以前にも、通常の訴訟ではそのような和解がよく行われていましたが、労働審判では更に柔軟な解決ができるよう手続き上担保されました。

それを端的に表しているのが下記のデータとなります。

平成18年の労働審判開始以降の終局事件総数4329件のうち、全体の約7割にあたる3001件が調停成立(和解)で終了しており、審判まで至ったものはわずか825件(19.1%)にすぎません。さらに、審判に至った事件のうち、事件当事者から異議申立がなされて訴訟に移行した事件は520件(63%)で、全体の事件数の12%にすぎません。


このように、労働審判においては、多くの事件(88%)で労働審判委員会の出した調停案や審判によって解決に至っており、他の裁判所の訴訟手続きや行政機関で行われる紛争あっせん手続などでは見られない高い解決率を示しています。

また、その解決の手法も、金銭的解決が中心となっていることから、金銭解決を望む申立人側にとってはとても有効な手続きであるといえます。他方、使用者側にとっては、ザックリとした事実認定を基に和解金の支払いを要求されることから、納得感に欠ける手続きともいえます。

4.まとめ

以上のように、労働審判は、申立から約2ヶ月半という驚異的なスピードで、裁判官らの強力な説得の下に金銭解決の和解が行われています。

申立人にとっては、会社側の責任者を裁判所に出頭させたうえ、自分の不満を裁判官らに聞いてもらい、裁判官らに強力に説得してもらって金銭解決を図ることが可能となっており、非常に満足感の高い手続きといえます。

これに対し、使用者側にとっては、通常、1~2週間という短期間に労働審判に対応しなければならず(日頃、弁護士を使っていない場合には、弁護士を捜すところから始めなければならない)、更に、弁護士費用の他に和解費用も支払わなければならないなど、不満が残ることが多いといえます。

したがって、労働者側にとっては、今後も労働審判手続きを大いに活用していくべきものといえます。反対に、使用者側にとっては、解雇等を行う場合には、今後はかなり高い確率で労働審判の申立がなされることを念頭においておいた方が良いと思われます。いずれにしても、使用者側にとっては、日頃から人事労務問題について弁護士等に相談して、対策を練っておく必要があるといえます。

以上

2010年3月12日金曜日

労基法改正(H22.4.1)-概要

タイトルの通り、この4月から労働基準法が改正されます。今月に入ってから労基法改正に伴う就業規則の変更などの相談が相次いでいることから、大まかな改正ポイントをご紹介したいと思います。詳細は、厚生労働省のホームページで確認してください(http://www.mhlw.go.jp/topics/2008/12/tp1216-1.html)。

改正ポイントとしては、以下の3点となります。

① 月60時間を超える法定時間外労働に対する割増賃金の引き上げ(25%→50%
② 引き上げ分の割増賃金の代わりに有給休暇を付与する制度の導入(代替休暇
時間単位年休を取得することができる制度の導入

上記3点以外にも、時間外労働時間を抑制するために、限度時間を超える時間外労働の割増賃金率を引き上げるよう努める条項などが設けられましたが、所詮努力義務にすぎません。そこで、企業としては、今回の労基法改正にあたっては、上記の3点を検討する必要が出てくるわけです。

ただし、上記②と③の制度は、労使協定を締結すれば導入できる、という制度ですので、従業員(又は労働組合)からこのような制度の導入を希望する声がない場合には、当該制度を導入する必要がありません。

したがって、今回の労基法改正に伴って、就業規則の改訂を最低限の修正で済まそうと考えている企業の場合には、上記①の改訂のみを行えば足りることになるわけです

(続く)