2010年4月27日火曜日

「刑事処分の発動」指針

厚生労働省は、平成22年4月7日、地方労働行政運営方針を公表しました(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000005ngw.html)。

この運営方針に従って、各都道府県労働局(労働基準監督署やハローワークなどがその下部組織となります)は、各管内の事情に則した重点課題を盛り込んだ行政運営方針を策定することとなっています。

従って、新年度における全国の労働基準監督署の行政スタンスを知る上では、非常に重要な資料となります。

特に、使用者側の弁護士や会社の人事担当者にとっては、労働基準監督署が有する権限の中で最も強硬な手段である「司法処分」(刑事処分の発動)を行うかどうかは、非常に興味のある分野ではないかと思われます。

厚生労働省は、『平成22年度地方労働行政の重点施策』の中で、この司法処分に関して、下記の5つの分野で「司法処分を含め厳正に対処する」と明確に記載しました

① 賃金不払等を繰り返す事業主

② 賃金不払残業について重大又は悪質な事案

③ 偽装請負が関係する死亡災害をはじめとする重篤な労働災害

④ 技能実習生を含めた外国人労働者に係る重大又は悪質な労働基準関係法令違反の事案

⑤ 「労災かくし」の事案

したがって、少なくとも上記の5分野については、司法警察権の発動があることを前提に社内の点検を行い、早急に対策を立てることをお奨め致します。

2010年4月26日月曜日

残業代の請求 -従業員側からの請求編

1.残業代請求事件の増加

前編で述べたとおり、労働審判の申立件数は激増しており、そのうち残業代の請求事件も一定の割合を占めていることから、その数は増加しております。

判例タイムズ1315号(3/15号)に掲載されたとおり、東京地裁における事件種別ごとの申立件数は下記のとおりです。


上記の統計によれば、地位確認(不当解雇として解雇を争う事案)が最も多い類型となっています。しかし、裁判所の説明によれば、統計を取る際、地位確認と未払賃金(残業代を含む)の両方の請求がされているものは地位確認ということでカウントしているとのことで、実際には、残業代を請求する事案はかなり多いと言えます。


2.残業代とは

残業代とは、簡単に説明すると、「1日8時間、1週40時間」を超過して働いた場合に、その超過した時間分の賃金割増賃金(超過時間分の賃金の25%)のことを指します。

例えば、所定労働時間が午前9時から午後6時まで(昼休み1時間)の8時間と定められている場合に、午後8時まで勤務すれば、2時間分の賃金と割増賃金が請求できることになります。

上記の点を定めた労働基準法は、強行法規であるので、就業規則や雇用契約書などに残業代を支払うことが明記されていなくても(又は、残業代を支払わないという運用が社内で行われていたとしても)、残業代は法律上当然に支払われなければならないものです

従って、世間で言われている「サービス残業」というのは、残業しているのにもかかわらず、割増賃金どころか当該時間分の賃金すら支払わないというものですから、完全に違法であると言わざるを得ません。すなわち、「サービス」と称して、他人のもの(他人の時間や労働)を盗んでいるのと同じです。


3.訴訟や労働審判を提起した方がいいのはどんな人?

それでは、弁護士費用を払ってでも、残業代請求の訴訟や労働審判を提起した方がいいのは、どんな人でしょうか?

残業代を裁判上請求するには、勤務時間を立証する証拠の有無やそれぞれの業務内容、個々の勤務条件等で異なってくることから、一概に言うことはできません。ただ、下記のうち二つ以上当てはまる場合には、一度、弁護士に相談した方がいいと思います。

① 月給として固定の基本給と(残業代以外の)手当しかもらっていない人

② 週6日勤務の人(月に6日程度しか休みをもらってない人)

③ 出退勤管理がなされていない会社に勤めている人

典型的に、この①から③に当てはまる人として、よく言われているのが、(1)飲食店に勤めている人、(2)理容師・美容師などが挙げられます。

これらの人は、その多くが週1回の定休日しか休めず、勤務時間が午前10時から午後11時までなど、1日の労働時間が長時間に及んでいるという傾向があります。

例えば、月給25万円、勤務時間が午前10時から午後11時ぐらいまで(休憩時間は1時間のみ)、月に6日程度の休みが与えられている場合、残業代はいくらぐらいになるのでしょうか?残業代請求の消滅時効は2年ですので、2年分の残業代を概算すると下記のとおりです。

 1ヶ月25日×所定労働時間8時間=200時間
月給25万円÷200時間=1,250円(1時間当たりの単価)
週5日勤務の週が2週:12時間×5-40=20時間 20時間×2週=40時間
週6日勤務の週が2週:12時間×6-40=32時間 32時間×2週=64時間
40時間+64時間=104時間
1,250×1.25×104=162,500円・・・1ヶ月分の残業代
162,500×24=3,900,000円・・・2年分の残業代


残業代390万円というのは、驚かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

上記の計算は、4週(28日)分しか算定していませんので、実際上はもっと増えるかもしれません。また、平成22年4月から労働基準法が改正され、1ヶ月60時間を超える部分は、割増賃金を25%から50%に引き上げなければならなくなりました。

とすると、今回の設定のような場合、今後は400万円以上の残業代を請求することが可能となりそうです(但し、労働審判の場合には、両当事者の和解が基本となりますので、実際に受け取れる金額はそれよりも低くなります)。

300~400万円といえば、十分、独立や起業の元手となる金額であり、弁護士費用を支払っても十分ペイする金額ではないでしょうか。上記①から③に該当する場合には是非弁護士にご相談されることをお奨め致します。


4.残業代請求に向けての準備

残業代請求に向けての準備で一番重要なのは、「残業時間を立証する証拠」を収集することです。どんなに優秀な弁護士を付けたとしても、証拠がなければ話になりません。

「残業時間を立証する証拠」としては、タイムカード業務日報給与明細(実働時間が記載されたもの)などが挙げられます。これらの文書が会社側から承認された文書(上司の承認印などが押印されたもの)であれば、なお信用性の高い証拠となります。

まずは、これらの証拠を確保するのが先決といえるでしょう

また、「従業員が個人的に手帳などにメモした出社・退社時間は証拠となるのか?」という質問をよくいただきますが、個人的なメモのみでは立証上かなり難しいと言えます。

手帳のメモを証拠として出す場合には、業務実態の主張とともに、パソコンの作業履歴やメールの送信記録、会社建物の警備会社の施錠・開錠記録など、残業したことを示す証拠もあわせて提出することが必要となります。

私も手帳メモを証拠として提出した経験がありますが、裁判官を説得するのになかなか苦労しました(苦労はしましたが、労働審判である程度の残業代を認めてもらった経験があります)。


5.まとめ

以上のとおり、残業代の請求は、なんといっても証拠の確保に尽きるのではないかと思います。まずは証拠を確保してから、弁護士にご相談されることをお奨め致します。

2010年4月23日金曜日

残業代の請求-使用者の対策編

先週、東京地裁に残業代請求の労働審判の申立て(労働者側)をしました。

最近、特に残業代請求に関するご相談が、労働者側及び使用者側ともに増えてきているなという印象です。

リーマン・ショック以降、労働条件の切り下げやボーナスのカットなどが多くの会社で行われるようになり、労働者側も自己防衛のため、権利意識を持つ方が増えてきたことがその理由であると思われます。

使用者側の相談に乗っていると、経営者や総務・人事の担当者などからよく出てくる言葉として、「最近は、従業員も権利意識をもつ人が増えてしまって・・・・」「残業代などを請求してきて、とんでもない奴だ・・・」と、労働法によって認められた正当な権利行使を、さも悪いことのように言う方がいます。

しかし、私はそのような発言はおかしいのではないかと思います。人を使って金儲けをしている以上、人を使う上での義務は果たすべきなのではないでしょうか。

経営者などからは、「残業代などを支払っていたら、会社が潰れちまうよ」と言われるかもしれませんが、そのような経営者には、『残業代を支払うことを前提とした賃金体系にしていますか?労働法を無視した賃金体系にしているのではありませんか?』と問いたいと思います。

通常、経営者というものは、採用の段階では、当該従業員に、支給可能な最大限に近い賃金を提示してしまうものです。しかし、後に、残業代を請求されてしまって、「とんでもない奴を雇ってしまった」となるわけです。しかも、基本給を高く設定していることから、残業代(原則は、1時間当たりの平均賃金の1.25%)もかなり高額になってしまいます。

とすれば、最初から、残業代支払いを前提とした基本給を設定し、残業代を適切に支払っておく方が、支給額は変わらないし、将来、残業代を請求されるリスクを回避できるという意味でもベターなのではないでしょうか。

以上のとおり、いろいろ述べてきましたが、最近は労働審判が前年の5割増で増えてきていますので、残業代を支払っていない会社にとっては、残業代請求のリスクはかなり高くなっているものと認識すべきではないかと思われます。

そのリスクを回避する方策としては、残業代の支払いを前提とした基本給を設定し、適切に残業代を支払うことが必須となりますが、すでに基本給を高めに設定している場合には、安易に基本給を下げると労働条件の不利益変更であるとして、訴えられる危険が生じてきます。

ただそのような場合でも、残業代請求のリスクを回避する方策はいろいろとありますので、社労士や税理士だけではなく、是非、弁護士に相談することをお奨め致します。

ただ、労働法に詳しい弁護士がまだまだ少ないという問題はありますが・・・。